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脳みその衰えを少しでも遅らせるために、過去を思い出して、そして今の感覚を大事にして文字にしていきたいと願っています。

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選択の積み重ね

観念は本当に厄介で、際限なく広がっていく。

妄想は、観念で、自分で気が付かない限り、どこまでも続く。

最初は単なる心配事であっても、自らが妄想をもてば、心配事は巨大な問題になってしまう。

問題や心配事は、誰が大きくするものでもなく、自分が妄想で大きくしている。

言葉で書けば、こんなものだが、当事者になれば、それに気がつかない。

誰でも知っていることだが、知っていることと、それをうまく処理する知恵とは天地の開きがある。



人生は選択で決まる、と昔何かの本で読んだ。

些細なこと、たとえば●●便にするか、それとも●〇便にするか、この選択が生死を分ける。

コーヒーにするか、紅茶にするか、右か左か、生きることは一瞬一瞬が選択だ。

この積み重ねが生きることなんだろうと思う。

しかも選択できる候補は、たくさんあるわけではない。ごくわずかだ。その中から選択しなければならない。

問題が生じたとき、それを解決する候補策を選ばなければならない。

しかもおおかた候補策のなかで一つしか選択できない。

それによって、結果が変わる。



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時間はかかる

ペルーに行けるかもしれない。来年1月に予定した。

今回はNY経由。

NYの友人たちに再開するのも楽しみだ。


NYはさすがにアングロサクソンがつくった町だなと思う。

経済活動の中心はビルが立ち並ぶが、そこから一時間も車で走れば、田園風景だ。

鹿、七面鳥など野生動物が庭にやってくるほどの自然にあふれている。

なんにしても哲学とか、思想とか、文化とか、なにかに裏打ちされている事象はそれなりの価値を感じる。

なにか畏敬さが迫ってくる。


日本は、なんでも「道」にしてしまう癖というか、文化というか、匠を感じさせるものにしてしまう。

お茶、お花、庭、陶器、あの刀までそうだ。

こういったことは、一朝一夕ではできるものではないが、それを全く理解できない人々がいる。

理解できないとは、つまりは自分が生きてきた環境にそういったものが存在しないことを意味する。




小学生のころ、先生が、

「スイスではバスは運転手だけで車掌はいない。それでもみんなちゃんと料金を支払う」

そう説明したことを覚えている。

これにはびっくりした。

現代では、日本ではそれが当たり前になった。

ここまでくるには日本全体がそれなりの努力をしないとできない。



外国からの労働者を受け入れたとき、

南米からたくさん人が来た。

彼らからみたら日本人は隙だらけで、いつでもドロボーができた。

友人のペルー人が、こう言っていた。

スーパーに入ったらスペイン語を話さないでと、言われた。

スペイン語を話すと、店員が後をついてくるからと。

それだけ万引きが多かったわけだ。

いまでもそうか、わからないが、そうでないことを願っている。



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クズ

数十年前、ペルーでテロの嵐が吹き荒れた。

日本からの進出企業の駐在員は軒並み一時帰国した。

テロ団も自分たちの主張があるだろうが、根底はすべて共産主義だった。

共産主義は、ソ連からはじまりチャイナ、ポルポトなどとにかく、他国民ではなく、自国民を殺しまくった。

それでできた国家は歪みに歪んで、貧富の差はひどく、平等社会とはかけ離れたものになった。

今のチャイナが典型だろう。

日本の共産党も、違うとはいうが、本質は同じだと思う。



左翼系のコメンテーターって、たびたび首をひねることがある。

自分で言っていることをおかしいと思わないのか、単にケチをつけているだけなのかわからないけれど、

思い込みが激しいのか、かたくな過ぎるのか、何かにとりつかれているのか、ダダこねているのか、

いい大人が・・・、と感じてしまう。

彼らに共通しているのは、先に結論ありきで、結論に合う現象だけに焦点を合わせる。

もりかけ学園問題などは典型だろう。



百田さんへの沖縄の新聞記者のインタビューも同じで、百田さんには差別意識があるという前提があるから、

それらしき講演内容があれば、前後は関係なくその一言に飛びつき、「差別意識」が垣間見えたと、話す。

百田さんは、彼のことを「人間のクズ」と表現していた。

確かに、インタビューの様子を動画で見れば、説明も、話も、議論も、なにも相手には通じないことがわかる。

この記者の資質というか、内心というか、

左翼系の精神構造を理解するのに大変に役に立つ。



現行憲法は、よく平和憲法と表現されるが、

これはまったくのウソで、自衛隊保護憲法であり、国民犠牲憲法というのがより正確だろう。

武力を否定すれば、自衛隊は戦わないで済む。自衛隊は憲法で守護される。

ところが、拉致被害者や韓国に拿捕された船員はやすやすと被害を受ける。

国民は犠牲になる。



左翼系は、チャイナや朝鮮半島に与する主張をする。

「話し合いを否定するなら、戦争をするというか」

と、左翼系のジャーナリストが軍事評論家に食って掛かっていたが、愚かな話で、戦争するかどうかなんて、

一評論家が決めるわけでもないし、単なるテレビの解説者に外交を左右する力もない。


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役者ぞろい

危機感を持て、というのは難しい。

特に日本人は、治安が安定し、いろいろな取り決めは、「善意」を前提とした社会に住んでいるから、

危機感を持ちようがない。


ペルーの治安の悪さは、筆舌に尽くしがたいが、

日本人駐在員は、治安の悪さを充分体験しているにもかかわらず、それでも危機感は、きわめて鈍い。

常に「まさか」と考えてしまうからだ。

これは、しかし、現代にあっては致命的な欠陥かもしれない。


昔、平和主義者が戦争の原因になるって、聞いていたが、

これはおそらく事実だろうなと思う。

もっとも、平和を叫んでいる人が、本当に平和主義者かどうかは不明だが。


鳥越さんが、

「どこの国が攻めてきますか?そんな国はありませんよ」

とテレビのコメントで話していたが、

一見、平和主義者のような感じだが、やはりこんな感覚は、相手にしてみれば、幸いだろう。

「善意」を前提にものごとをすすめている日本の構造は、外国人には、甘っちょろい話だろう。

人前でもどこでも、大声で泣き叫び、いかに被害者かをせつせつと訴える。

役者ぞろいなのだ。


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想像

世の中にはいろいろな人がいる。

なんでもありの世界だ。

何でもありでも、犯罪に触れることはもちろんイケないことだし、道徳やエチケットに反することも、ほめられたことではない。

一応のルールがある。

とはいえ、犯罪すれすれとか、道徳だのエチケットだのは、いまでは一部の世界だけで通用することになってしまった。

これが今の日本の姿だろう。


日本は、世界的には珍しく、教養の高さとか、貧富の差とか、あるいは職業の違いだとか、そんな価値観のない社会で、

人間として、同じ土俵で存在し、関わり合いのある社会構造だ。

日本以外では、このようなことはなく、厳然とした差別意識がある。

ところが、残念なことに日本の良き文化も、薄れてきている、そんな実感を、時に感じる。

アメリカ型の経済の在り方や、外国からの労働者が増えるにつれ、それが顕著になりつつある。

本当の原因は、そこではなく、実は左翼系の教育の在り方が何十年にもわたって施されてきた結果だろうと、

ひそかに想像している。



体験するまでは、本当に解ることは少ない。

実際に感電するまでは、感電のなんたるかは頭の中だけのことだ。

昔からこういったことを戒める、教える言葉がある。



今回の台風直撃の際、静岡の山の上にいた。

夜中、風雨がきつかったが、翌朝は、きれいに晴れた。

夜中、下の海岸近くの市中には、避難勧告が出されていたが、それをまったく実感することはできなかった。

まるで、ほかの世界の出来事のようだった。


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