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脳みその衰えを少しでも遅らせるために、過去を思い出して、そして今の感覚を大事にして文字にしていきたいと願っています。

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国連より病院へ

虎ノ門ニュースが面白い。

解説者が、いろいろな角度で話している。

テレビで流れる左寄りと言われるコメンテーターの解説が、愚かに思える。


勤務先が代々木で、デモに時々遭遇する。

このまえ、左翼系の人々がデモしていたが、見ると年配者ばかりで、大きなお世話だが、気の毒さを感じた。

マイクで大声で叫んでいるのは若者の声だったが。

あの年寄りが、左翼系とは、いったいどんな人生を過ごしてきたのか、と不思議に思った。

いい大人が、デモに参加して、てくてく歩いている。

このひとたち、普段から、やたら、人権だの、差別だの、レイシストだの、戦争法反対と叫んでいるんだろうか。

漫画のような話だ。だって、日本ほど人権が大切にされ、差別がなく、戦争してない国は、そうそうにない。

自由の塊みたいな国だ。

デモで、日本に訴えていることを、そのままお隣の国に叫べばいいものを。

それをしない、ということは主張している内容と、目的がまるで異なることを表す。


共産党の大きなビルの前を歩いて勤務先に向かう。

朝、職員らしき人々が玄関一帯を清掃している。

委員長の大きなポスターが掲示してあり、戦争法反対と書いてある。

だれも戦争など望まない。

このポスターは、今の政権が、まるでこれから戦争をするんだみたいな印象を与える。

共産党の考え方や、方針を本当にいいと思っているんだろうか、いつも不思議に思う。

議論などするつもりは、サラサラないが、もとより議論など成立しないし、意味などないだろう。

働いているなら、共産党に賛成しないまでも、先に飯ありか、とも思う。


国連というか、その下部組織なのか、わからないけれど、

日本人がわざわざ出向いて、そこでいろいろ訴えをしているという。

慰安婦問題なら、韓国人がいって、なにか運動することはわかるが、

何が悲しくて、日本人でありながら、国連までいってそれを訴えるのか、逆立ちしても理解できない。

ここまでくると、思想とか、考えとか、信念とか、そんな高尚な話ではなく、

精神を病んでいるのだろう、と思う。

これもYouTubeで知った。

国連より病院へ。


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適度

挨拶は、やはり大切で、朝から元気な声であいさつされると、気持ちがいい。

どうも人間はそのようにできているようだ。

ところが、あいさつがきらいなのか、面倒くさいのか、あさってのほうを向いて過ぎ去る人がいる。

中には声が小さくて、わからない人もいる。苦手なんだろうか。



お互い様とか、袖触れ合うも他生の縁とか、普通のあいさつとか、どれもこれも社会生活、特に日本では、日常的な感覚だと思うが、

全体的に薄れてきたような、そんな感じがする。




安倍政権をヨシとしないマスコミの報道内容は、かなりヒドイらしい。

これも動画で知ったわけだが、ネットはありがたい。

「愚かなる大衆」とよく表現されるが、まさにその通りだった、と思う。

テレビ、新聞だけのニュースに依存していると、間違いなく「愚かなる大衆」になってしまう。

日本のように自由を謳歌できるのは、そうそうに世界にあるわけではないが、

それでも、大いなる権力、権威のマスコミに思考をコントロールされている事実に、いまさらながら驚愕する。



韓国の反日教育というか、優越教育というか、歴史のおとぎ話を、子供のころから勉強している国にあっては、

国民は反日、嫌日感情が、人生の魂胆として染着いてしまう。

この呪縛から解放されるのはちっとやそっとではできないだろう。

そりゃあ話し合いだの、共生だの、成立するわけがないし、親交を進展させるにはどうしたらいいのか、などというテーマははなから成立しない。

それを知っていてて、問いかけるのは、愚かだろう。



いつだったか、今後韓国とどう付き合えばいいのかという問いがあって、それに韓国に詳しい人が、

「付き合う必要性がまるでない」

と回答していたが、その通りだと思う。

断絶なんて意味ではないだろうが、できるだけかかわらないで、相手にしないで、ってことだろう。


この感覚は、同じ会社の中でも、自分が生きている周囲にもある。

生活の知恵ではないか。



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愛は存在しない

愛をテーマに歌うのは、共感を得るが、結局は夢の中の出来事で終わる。

歌詞通りの行動や考え方をみんながしてくれれば、いいが、そうはならないのが現実だ。

昔、愛の反対の言葉は、孤独だとかいてあった心理学の本があった。

学問ではそうかもしれないが、すんなりと納得はできなかった。

愛という概念が、歌詞通りのあるいはみんなが漠然と思っているような内容なら、愛の反対の言葉は、嫉妬心だろうと思う。



左翼の言論人が、テレビなどで安倍一強を批判したり、どうでもいいような言質を鬼の首でもとったように、

口角泡を飛ばして何かを主張しているが、むなしさしか感じない。

こういった主張からは嫉妬心しか感じない。

つまり、彼らには愛は存在しなことになる。


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意味するところは

選挙だ。

この頃、選挙に興味がある。

なんでこんな人が当選するんだ?、という人が当選してくる。



議員の中には、日本に生活しているにもかかわらず、日本を大切にできない気持ちで、日本で生きていくのは辛くないのかと思う。

これは、自ら自身の人生を無駄にしているだろうと、思う。

もっとも、こういった精神では何を言っても、何があっても、他人から愛情を受けても、思いやりを享受しても、

悲しいだろうな、とかってに想像している。

政治家でありながら、拉致被害者のことを一片も思えない精神って、信じられないが、

現実的に存在している。

彼らが、仮に政権をとって、

目指している社会を築いても、同胞には、憐みの一つも感じない歪んだ思想を意味するだろう。


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思考の放棄

辻本議員が、

「日本国民の財産と声明を守るために議員になったわけではなく、日本を壊すために議員になった」

こんな趣旨の発言を昔していると、動画で知った。

これは、しかし、辻本さんだけの目的ではなく、おそらく左翼と呼ばれる人々やメディアも同じだろうと思う。

天皇はいらない、憲法9条は守る、隣国の主張を支持する、北朝鮮の味方、などなど日本人の精神、文化、伝統を否定し、

日本人から日本人の日本人たる所以を根こそぎ奪い去ることに、すべてを注ぐ。

こうしない限り、日本を根本的につぶすことはできないだろうと思う。



日本にキリスト教は広く受容されなかった。

なにか大きな理由があると思うが、学者ではないので想像するだけだが、

おそらく、「絶対」を信仰するからだと思う。

仏教には「絶対」の概念がない。つまり「偏り」への戒めがある。

これが、それまでの日本人が持っていた感覚とマッチしたのだろうと思う。

ユダヤ教やイスラム教が日本で布教されたかどうか、全く知らないけれど、「絶対」への信仰は、日本人の文化とは合わないだろう。




どのくらい前か知らないけれど、共産主義はこの「絶対」への信仰と変わらないと、主張する意見を聞いたことがある。

よく憲法九条教と揶揄されているが、あれは揶揄ではなく、事実だろうと思う。

彼らとの会話は成立しないので、それで、●●教と言われたのだろう。



極端は、いい結果をもたらすことはまれだろう。

辻本議員や福島議員の主張を聞いていると、極端さを感じてしまう。

韓国が日本に対してやっていることは、極端の典型で、ムン大統領が、

日韓合意に対して、日本は法的責任を認めて、謝罪をするべきだと、主張したという。

ここまでくると、「考える」ことを放棄している極端さを感じる。



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